無職が恥ずかしいと思っていたことに驚く

コラム

どうも無職です。無職になって思うことですが働いている人は凄いです。汗水流して働くことは当然ではないんですよ、少なくとも無職の私からするとね。

当たり前のことなんですけど、働いている人がいないと社会が回らないじゃないですか。スーパーで食料を買うこともできないし、ゴミ出しもできないし、電気や水やガスも使えないですし、ソシャゲのガチャもできません。まぁ最後のはいらないですけどね。

とはいえ働いている人が偉いからといって無職の自分を卑下する必要はない。自分を恥じる必要はない。正々堂々無職でいようではないか、無職でも腹いっぱい食べようじゃないかとそういう気持ちでいました。

しかしながら、私はそういう人間ではなかった。

というのも今日病院にいったわけですよ。

そこで問診表を書くじゃないですか。

ありますよね職業という欄。

職業を書く必要のない病院が増えてきたので油断していました。

私はまともに働いた期間がとても少なく、家庭教師をやっていたころはこの職業という欄に教育業と書いていました。

噓はつきたくないけど、家庭教師とも書きたくないというそういう見栄から生まれた言葉が教育業です。

プロ家庭教師の領域ならともかく、世間で家庭教師といえば大学生のおにーさんとおねーさんがアルバイトでやるものですからね。実際そのときの収入は月4万程度であり、大学生のおにーさんとおねーさんより稼げていなかったです。

現在に戻ります。

私はこの職業という欄を前にしてペンが止まってしまいました。

そこで自覚したのです。私は無職の自分を恥ずかしいと思っていると。無職で何が悪いという言葉はまったく本音ではなかった。自分が他人から無職だと思われても恥ずかしくない、確固とした自信を持っている人間……だと自分自身を過大評価していたようです。

問診表の前に私は考えました。

何と書こうか?

何を迷っている?無職と書けばいいじゃないかと心の中で呟きました。

そして、実際に書いた職業はライターでした。

現在Webライターの仕事をしており、月5万円ほど稼いでいます。世間で想像するライターといえば取材をしてその内容をまとめて雑誌に記事を書くような感じですよね。

しかしながらWebをつけてしまうと、ろくに取材しないこたつ記事だったり、ネットで適当に検索した薄い内容をまとめて、最後にいかがだったでしょうか?のような記事を書いたりしている印象になってしまいます。

私は当たり前のようにWebの文字を選択肢から外しました。

家庭教師を教育業と書いたときと同じことをしたわけです。噓ではないけど相手の錯誤を狙い、少しでも印象を良くしようとしている。

改めて問診票を見るとライターの文字だけ小さいです。まさにそのときの私の心境を表している小ささ。その小ささが噓じゃないねん……本当にライターなのねんと言い訳しているようです。

そして、問診票を受付に持っていきました。この間書いた記事はちん〇の大きさに悩んでいる人必見!だったなと思い出しながら提出しました。

結論としてはちん〇は小さくても心は大きくありたいということで失礼します。



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