新幹線の指定席を譲るべきだという記事を見ました

【常識一変!】「金払った席だぞ」拒否は当然…? “席替わって”騒動で見えた「日本人の余裕のなさ」(FRIDAY) - Yahoo!ニュース
鉄道や飛行機、バスなどの公共交通機関で最近、「座席を替わってくれませんか」と頼んでも、すんなりいかないケースがたびたび起こっている。特に、この年末年始から今も、座席トラブルに関する記事やSNSでの投

鉄道や飛行機、バスなどの公共交通機関で最近、「座席を替わってくれませんか」と頼んでも、すんなりいかないケースがたびたび起こっている。特に、この年末年始から今も、座席トラブルに関する記事やSNSでの投稿が軒並み話題となるのがネット上で散見される。

一昔前なら、「座席を譲られるべき人にはすぐ譲る」のが、日本人にとって普通というより常識だった。だが近年、「座席を譲りたくない」という理由をいくつも並べ、それに賛同する人も実際多く、「譲らない行為が悪い」とは一概には言えない空気すら漂う。

座席の「譲る・譲らない」でなぜそこまで気になるのか。また、本来「おもてなし」の国である日本で何が起こっているのか。移動のプロである旅行ジャーナリストが考察してみた。

「金払った席だ」拒否の正論

まず、昔にはなかったであろう「座席を譲るのをためらう」のが最近見られる傾向の1つ。譲る側の言い分として「仕事などで疲れている」「座るために発車時刻のずっと前から並んでいた」などのほか、新幹線で「確実に座るために指定席を買った」「景色が観たい、充電したいから窓側席を事前にピンポイント指定した」という人もいる。

昔ならそんな事情があっても、譲られるべき人が目の前に来たらすぐ譲っていただろう。だが、今の日本における、座席を「譲る・譲らない」論争は、一筋縄ではいかない。その理由として、譲られるべき人にも問題があるケースがある。

座るためにずっと前から用意周到に準備してきた人にとって、突然、目の前に現れた知らない人からいきなり「席を譲って」と言われても、すぐ納得できないかもしれない。特に、新幹線での座席トラブルでは、「のぞみの自由席が減った」「(繁忙期で)のぞみ全席指定を知らなかった」のほか、「直接言えば譲ってくれるだろう」「なんとかなると思って」など、譲る側との意識の違いが見られる。

譲る側からすると、その相手に対し、事前に指定席を買うなり、優先席を使うなり、「ちゃんと準備して乗ってくれよ」と心の中で叫びたくなるだろう。その気持ちは、理解できなくもない。昔は、新幹線の切符を買うのは、大半の人々が駅の「みどりの窓口」か、旅行会社のカウンターだった。今は、切符の買い方が従来に加えてJR東海の「エクスプレス予約」「スマートEX」等スマートフォンでも買えるなど便利になった一方、それを使いこなせる人・使いこなせない人との格差が広がっている。

昔の日本は席を譲るのが当たり前だったが、最近の日本人は譲らなくなってけしからんという記事を見ました。

凄い記事だと思いましたね。新幹線の指定席を譲るのが当たり前だったなんて常識がかつの日本にあったのか?いやさすがにないだろという突っ込みをまずしてしまいます。

譲られるべき人という言葉が何回が出てきますが、新幹線の指定席を譲れと言ってくる人間って普通に頭がどうかしていると思うますし、そんな人間に譲りたいかっていうとノーです。絶対に譲りたくないです。駅につくのが残り10秒のタイミングだろうが譲りたくない。15秒座ってゆっくり降りますよ。

記事では譲られるべき人と、譲るべき人の二種類に分けていますが、私の視点だと真面目に下調べをしてルールを守ってる人間と下調べをろくにせずにルールを守らないうえに他人に自分に便宜を図れという人間の二種類に見えてしまうわけです。

こういう記事を見るたび本当にイライラするわけですよ。ご飯を奢らない人間に対してケチだという人がいますが、それならタダメシ食べようとするやつのほうがよっぽどケチだよなと思うときの感情と一緒です。

お金を貸さない人間に対しておまえはたった〇万円すら貸してくれないか!冷たいな!みたいな話もネットでよく見ますが、モラル的に劣っているほうが、モラルを理由に相手を糾弾するという狂った話です。

図々しい人間が真面目な人間に対しておまえは優しさが足りないと糾弾するのは明らかにおかしい。

記事ではスマホで切符買えて便利だけど、スマホ使いこなせない人は云々いっているので、意訳するとスマホを使いこなせない高齢者が指定席にきて席を譲れといったら、譲るのが正しい、昭和の時代ならそうしていたと主張したいんでしょう。

日本人は心が貧しくなったといわれても、いやそもそも指定席を譲れという人間のほうがよっぽど心が貧しいと思うんですよね。

昔の日本人はそこまで卑しい人間が多かったのかと逆に思いますよ。まぁこういう昔はよかった系の話って記憶の美化がほとんどでデータはないですから、信ぴょう性はないですけどね。

私はあまり電車に乗りませんが乗車したとき、妊婦さんには席を譲ることにしています。高齢者の方には譲りません。年より扱いされたくないと譲られたくない方も多いと聞きますし、そこで怒られるのは普通に嫌ですからね。妊婦さんだと普通にありがとうございますっていってくれる方が多いというか、経験だと100%です。

善意で申し出て迷惑そうに拒絶されるって普通に嫌な記憶としてずっと残りますから高齢者に席を譲らないのは自己防衛といえるでしょう。

結論としては明らかにおかしいことでも声でかく堂々と主張されるとついこちらが間違ってるのかな?と思ってしまうこともあるので、要注意だということで失礼します。



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無職日記

コメント

  1. これ、この記事書いている人間も本気でそんなこと思っているのか?ですよ。これわざと読者を煽っていますよね。露骨な炎上商法で、反感しか買いません。
    昔はそんなことなかったって主張も、それを言うなら「譲って下さい」なんて自分から言う人なんて昔はいませんから。
    あーでも一人だけ言ったことがあるって人がいました。
    北海道出身者で初めての東京の満員電車でパニック障害っぽくなって、過呼吸起こして立っていられなくなったのだと。「譲って下さい」って頼んで代わってもらったって言っていました。
    30年くらい前に聞いた話ですが、でもね、それなら今でも多分代わってくれると思うんですよ。
    つまり昔も今も変わらないって話です。

    • そうですねさん

      コメントありがとうございます!

      そのケースですと今でも大半の人は譲ると思いますし、私も同じです。
      そうですねさんのおっしゃるとおり、今も昔も人ってそんなに変わってないと思うんですよね。
      ですので変わったと主張している人は、変わったと思いたいだけの人なんだろうと感じています。